遺伝子治療

難病を克服する可能性を秘めた遺伝子治療

 

 

遺伝子治療は、これまで根治できないとされてきた疾患を克服する鍵となると考えられています。薬剤を投与する従来の治療とは異なり、遺伝子治療は機能する遺伝子を利用することで、体内で必要なタンパク質を自ら作り出すことができます。現在は、血友病Aをはじめとする疾患について、有望な治療法の研究が進められています。

 

庭仕事をしていて小さな傷を作ったり、髭剃り中に肌を切ったりといった、ちょっとした不注意が重大な結果を招きます。多くの人にとってはまったく無害なことが、血友病患者さんにとっては生命に関わる場合があるのです。血友病患者さんでは、血が固まる(止血)のに必要な「凝固因子」が生まれつき不足しているために、傷口から何時間も出血が続くこともあります。このようなことを防ぐために、全世界に約32万人いる血友病患者さんは、血液凝固第VIII因子という自身の肝臓では生成できないタンパク質を定期的に注射しなければいけません。

 

血友病Aは単一遺伝子疾患です。これは、異常のある遺伝子が1種類のみであるという意味で、血友病Aの場合は、その遺伝子に関する情報がこれまでの研究によって十分に明らかにされています。単一遺伝子疾患である血友病Aは、遺伝子治療の理想的な標的と言えます。ハノーファー医科大学(ドイツ)の実験血液学研究所で副所長を務める生物学者のヒルデガルド・ビューニング教授は次のように話しています。「この治療法の基本的なコンセプトは、『遺伝子に欠損または異常がある場合、体内で特定の役割を果たすタンパク質も欠損している』という単純な事実に基づいています。これを踏まえ、遺伝子治療では欠損している遺伝子本来の機能を持ったコピーを細胞に導入して、その役割を行わせるのです」

 

バイエルの研究チームは、血友病患者さんに対して一生にわたり血液凝固因子の注射を繰り返す治療に代わりに、遺伝子を利用して肝臓に第VIII因子を作らせて血液凝固機能を正常にすることを目指しています。バイエル社医療用医薬品部門のプログラム・ディレクターであるフランク・リーツは「健康な人と同じように第VIII因子が患者さんの体内で作られるようにするために、私たちは遺伝子導入を用いた取り組みを行っています」と述べています。研究チームは、この治療法により、何年にもわたって第VIII因子の欠乏を補うことができると考えています。

 

Prof. Hildegard Büning

遺伝子治療では欠損している遺伝子本来の機能を持ったコピーを細胞に導入して、その役割を行わせます。

ヒルデガルド・ビューニング教授
ハノーファー医科大学(ドイツ)血液学研究所 副所長

 

遺伝子を異常な細胞まで運ぶ「タクシー」

肝臓の中の定められた標的まで遺伝子を確実に届けるためには、輸送手段が必要です。「輸送には、ベクターという遺伝子の乗り物を使用します。私は、ベクターのことをタクシーと呼んでいるんですよ」とビューニング教授は話します。実際に「タクシー」として用いられるのは、改変を施したウイルスなどです。血友病の治療に使用するベクターは、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いたものです。標的の近くまで到着すると、タクシーは細胞膜表面の受容体に接触します。「実験室では、このために開発した手法を用いてこのプロセスを観察することができます。このプロセスは、いわばドアをノックするようなもので、ベクターは完全に結合すると細胞に取り込まれ、エンドソームという小さな細胞内小胞に入れられて細胞核まで運ばれます」 そして、治療に必要な遺伝子情報が細胞核に導入されます。

 

疾患の原因を解明する

フランク・リーツは、「この取組みには、非常に明るい展望が開けています。現在は、血友病Aの患者さんを対象とした第1/2相臨床試験を実施中です」と述べています。研究チームは遺伝子治療が「人生を大きく変える治療」になると期待しています。遺伝子治療によって、疾患の原因にアプローチし、治癒や再生をもたらすことが可能になる、と話しています。ビューニング教授によれば、筋肉、肝臓、脳、眼など、分裂がほとんどまたはまったく生じない器官や心血管系では、AAVベクターによる治療が大きな役割を果たす可能性があり、「従来の薬剤では患者さんを救えない希少疾患が、その主な対象」とされています。

 

Dr. Frank Reetz

遺伝子治療により、疾患の原因にアプローチし、治癒や再生をもたらすことができるようになります。

フランク・リーツ博士
ドイツ・バイエル社医療用医薬品部門 遺伝子治療エキスパート兼プログラム・ディレクター

 

欧州では、現在までに7種類の遺伝子治療が承認されており、その適応症は、免疫不全症、先天性失明、遺伝性の筋委縮症などです。それまで使用できる治療がなかった、悪性度の高い血液がんの患者さんたちが、キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法を受けられるようになって1年以上が経ちました。ビューニング教授は、腫瘍領域において遺伝子治療のさらなる用途を見出しています。ベクターを用いることで、「あ、そこにも変化が、がん細胞を増殖させる異常があるぞ」というように、免疫細胞が腫瘍細胞を認識できるようになるのです。「ほかにも多くの治療の開発が進められています。今後10年の間に、多くの治療法が承認されるものと考えています」。

 

Transforming, Healthcare.For People.

 

 

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