患者さんの自立した社会生活や就業支援を考える

 

患者さんの自立した社会生活や就業支援を考える

肺高血圧症は、仕事を含む社会生活に影響を及ぼす病気です。一方で、最近の医療の進歩により、肺高血圧症の治療の目標は、命を救うことから、病気を発症する前の普通の生活を取り戻すことへと変化してきています。
今回も村上さんに司会をお務めいただき、医師代表として千葉大学の坂尾誠一郎先生、患者さん代表として、金村匡視子さん、原野さくらさん、そして難病患者さんの就業支援に詳しい春名由一郎先生にお集まりいただき、肺高血圧症患者さんの就業支援についてお話しいただきました。

 


司会:

  • 村上 紀子さん
    NPO法人 PAHの会 理事長。20年近くにわたり患者会に携わる。

パネリスト:

  • 千葉大学大学院医学研究院 呼吸器内科学 准教授 坂尾 誠一郎先生
    呼吸器内科医として肺高血圧症の診療にあたる。
  • CTEPH患者 金村 匡視子さん
    会社から独立してデザイン会社を立ち上げたが、4年前にCTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)を発症。治療を受けながら会社経営を続けている。
  • PAH患者 原野 さくらさん 
    中学校に入学した際に受けた健康診断がきっかけでPAH(肺動脈性肺高血圧症)と診断される。それ以来10年以上にわたり治療を続ける傍ら、現在は都内の企業にて勤務している。
  • 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 春名 由一郎先生
    障害者/難病患者さんの就労支援についての研究をされ、厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会の委員も務められている。

vol.1 肺高血圧症を抱えながらの就業状況
vol.2 難病患者さんの就業状況
vol.3 体への負担を考えつつもアクティブに
vol.4 肺高血圧症患者さんと就業

 

 

現在の就業状況

現在の就業状況

村上さん:まずは金村さんと原野さんにお仕事の状況について伺いたいと思います。

金村さん:私は元々制作会社に勤めていましたが、2013年に独立して広告デザイン会社を経営しています。最初は順調でしたが、2年目に少し仕事が減って、不安を感じ始める中で息切れを自覚するようになりました。半年ほどすると10メートルも歩いたら休まないといけないような状態になり、CTEPHと診断され治療が始まりました。その際、先生に仕事内容を説明したところ、仕事を続けても問題ないとのことでした。

現在の就業状況

原野さん:私は中学生の時にPAHと分かりましたから、病気を抱えながらの就職でした。大学3年生の時に就職活動を始めましたが、なかなか自分のやりたい仕事が見つかりませんでした。そんな時、家族から障害者雇用枠というものがあると聞き、障害者の合同就職説明会に参加しました。会場で話を聞いてとても楽しそうな仕事だと思い、その会社に入社しました。それが今勤めている会社です。他にも内定をいただいていた会社がありましたが、病気に対して最も配慮してもらえそうなその会社に決めました。
会社は不動産関係で、最初は営業職に就きましたが、外勤が多くなると体調を崩すこともあり、上司に相談したところ、経理部に異動になりました。

 

仕事を続けるための工夫

仕事を続けるための工夫村上さん:仕事を続けるにあたっては、どんなことに気をつけておられますか。

金村さん:お仕事をいただくお客さんには私がCTEPHという病気であることを話しています。CTEPHについてもきちんと説明し、病気であるために「できないこと」も伝えています。検査入院の時は電話がつながりにくいので、お客さんにお願いして電話ではなく極力メールでやり取りするなど、配慮いただいています。また、全力で走ることができないので、打ち合わせなどに向かう時は時間に余裕を持って会社を出ています。
一緒に働いている社員もCTEPHについて勉強してくれました。私が移動で急いでいる時は、急いではダメだと言ってくれますし、重い荷物を運ぼうとすると代わりに運んでくれたりもします。周りの人たちからとても理解いただいているので、病気であることを話して本当によかったと思っています。
病気になってからは、土日は必ず休み、仕事が早く終わった日には早めに帰宅するようにしています。そうすることによって仕事にメリハリが生まれ、売り上げも伸びていきました。

原野さん:私は、同僚との最初の顔合わせで、障害者採用枠で入社したことや病気のことを話したのですが、その時に「できないこと」を伝えていなかったことを反省しています。仕事をしていく中でその都度「できないこと」を説明するよりも、最初に伝えておく方がスムーズだったと思います。
今は月に1回、遠方の病院に通っているため、有給休暇を取って1日がかりで診療を受けています。それだけで年に12日も有給休暇を使ってしまうことになるので、最近は職場に近い病院に移ることも考えています。
毎日の生活ではマイペースであることを特に心掛けています。また、金村さんと同じく、私も待ち合わせの際は時間に余裕を持って向かうようにしています。

 

医師による病気のケアと就業支援

医師による病気のケアと就業支援

村上さん:坂尾先生、実際に治療と仕事を両立されている肺高血圧症患者さんについてご紹介ください。

坂尾:はい。現在、千葉大学病院 呼吸器内科に通院中の患者さんについてご紹介いたします。 一人目は、50歳代男性のCTEPH患者さんです。お仕事はシステムエンジニアです。診断当初、もうこれ以上仕事が続けられないだろう、好きだった運動もできないということで、精神的にふさぎ込んでしまいました。そのため、大学病院内にある患者支援センターで、まずは社会的な問題など相談をしてもらいました。一時は病気のため退職も考えたようですが、支援センターの担当者から「仕事を辞めないで治療を続けるように」と助言され、休職という手段を選ばれました。健康保険から支給される傷病手当金を受給しながら内服薬と酸素による治療を続け、仕事に復帰できる病態になりました。その際、会社は在宅勤務という道を用意してくれたため、月に数回の通勤以外は自宅で短時間勤務をされています。ご本人はあの時仕事を辞めなくて本当によかったとおっしゃっており,当時の支援センターの担当者に今でも感謝をしています。
二人目は、IPAH(特発性肺動脈性肺高血圧症)の20歳代女性で、公立小学校の先生です。内服薬3剤を服用しながら仕事を続けておられます。もちろん体育の授業は一緒にはできませんが、学校側のサポートを受けながら教壇に立たれています。
三人目は、原野さんのように中学生の時にPAHを発症された方です。薬物療法で病気の進行が抑えられず、大学生の時に肺移植を受けられています。免疫抑制剤を飲みながら大学を卒業され、訪問看護ステーションでの事務仕事に就かれました。そこには医師もいるようで、医師のサポートも受けながら短時間勤務をされています。
医師の立場から言うと、肺高血圧症は病態が急に進行する場合もあり、患者さんの命を守ること、病気を良くすることをまず考えなければなりません。その次の段階として患者さんの社会生活を考慮することが必要ですが、病気の重症度や生活環境は患者さんごとに違うため、治療で目指すゴールもそれぞれ異なります。治療を進めていくうえで大事なのは、その患者さんの病気や生活全体を考慮したうえで、治療のゴールについて患者さんご自身と一緒に考えていくことだと思います。そこで、復職や就職の可能性がある患者さんについては、できるだけ初期の段階から患者支援センターに介入をお願いするようにしています。

 

難病患者さんの就業状況と問題点

難病患者さんの就業状況と問題点

村上さん:春名先生、難病患者さんの就業状況についてお聞かせください。

春名先生:「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」が施行された時に、難病患者さんを対象に行った就業に関する研究1)結果をご紹介します。PAHの会を含む、難病に関係する26の患者団体にご協力いただきました。この研究の中で実施されたアンケートでは、現在の状況、就職活動や就業状況、難病関連の離職とその際の就業状況などについて伺っています。その結果、半数を超える方(54.2%)が調査時点で就業されていました。就業に向けて求職活動や職業訓練中の方が5.1%、就職活動はしていないものの仕事に就きたいと思っている方が11.8%でした。過去10年間の経験を伺った結果をみても、難病を持っての就業経験のある方が70.9%おられ、難病患者さんの多くが就業されている、または就業の意向をお持ちであることが分かりました。また、就職を希望するものの仕事に就けていない方も一定数いらっしゃることが明らかになっています。大切な結果としては、過去10年間で就職活動をされた方の77.9%が就職に成功している一方で、就業経験のある方の44.6%が難病に関連した離職経験があったことです。つまり、体調の良い時に就職活動をすれば決して就職自体は難しくない人も多い一方、難病の治療と両立して仕事を続けることに苦労されている方が多いということです。

村上さん:難病患者さんの就業ではどのようなことが問題になるのでしょうか。

春名先生:難病の方が就業に関して困っておられることを分析した結果を表にお示しします。難病は多様で様々な症状がありますが、就職活動をしたり、職業生活を送っていくうえで一番問題になるのは、病気自体が完治せず症状が安定しないことであることが分かりました。そのことで、就職活動の時に理解や配慮を得るための説明も難しくなるし、実際、就職後に体調が崩れやすいことで、職場の人間関係が難しくなったり、治療と仕事の両立に大きなストレスを抱えたりしてしまいます。実際に体調が崩れて仕事を辞める人だけでなく、そういった人間関係やストレスの問題で仕事を辞める人が多いのも実態です。ただ、休日や休憩の条件が良く、無理のない仕事内容で、通院にも便宜が図られているような方は、体調の変化による影響を抑えながら仕事を続けられていることが多くなっています。また、治療によりのちの回復が見込めたにもかかわらず、体調の悪化や難病と診断された際に驚いて自ら仕事を辞められる方もいます。最初に治療の見通しを示してもらえれば、仕事を辞めずに休職して復職するということが可能な場合もあるのです。

1)障害者職業総合センター調査研究報告書No.126「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」, 2015.

表 難病患者さんが就業に関係して困っていること

難病患者さんが就業に関係して困っていること

障害者職業総合センター調査研究報告書No.126「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」, 2015.

 

安静と活動のバランス

安静と活動のバランス

村上さん:肺高血圧症の患者さんから、動きたい気持ちはあるのに、先生からは「無理をするな、安静にしていなさい」と言われてしまうという声を聞いたことがあります。

坂尾先生:そのお気持ちはよく分かります。しかし肺高血圧症は命にかかわる病気ですから、大前提としていかに病状を安定させるかが大事です。肺高血圧症の患者さんは肺が酸素をうまく取り込めない状態ですから、体を動かすことは負担になります。ただし、社会に積極的に参加していただきたい、仕事や趣味を再開していただきたいという気持ちは私たちも常に持っています。

金村さん:私はこの病気になった当初は安静にしていましたが、最近は無理のない程度に動くようにしています。仕事の打ち合わせでも地下鉄の2駅分程度の距離なら歩いて行っていますし、散歩に出かけることもよくあります。

安静と活動のバランス

また、「病気であることに甘えない」ことを意識して、自分でできることは自分でやる、自分でできることは何かを常に考えるようにしています。どうしてもダメな時にだけ助けてもらうという姿勢が良いと思います。

春名先生:難病のせいで職場の人間関係が悪化してしまう状況として、ご本人が職場で「難病なのであれもできません、これもできません」という一方的なスタンスになってしまうことがあげられます。仕事を続けておられる難病患者さんがよくおっしゃることは、難病でできないことがあるのは当たり前ですが、あまりそればかりにこだわらず、難病があっても自分のできることは何かというスタンスで職場の上司とも相談していくという姿勢が大切だ、ということです。難病に限らず、子育てや介護、持病の治療など、職場で色々な事情を抱えている人は多くいます。自分の体調の良い時にはそういう人たちを助けたりするなど、職場で「お互い様」の人間関係を築いていくことも大切です。

原野さん:私は、仕事と同じように趣味も続けたいと思っています。中学生の時に始めたドラムの演奏は今も続けています。

坂尾先生:何のために治療しているのか?何のために生きているのか?究極的に言うと、人生を楽しむためですよね。体の負担にならない範囲で、仕事をされて、余暇を充実させることが患者さんの人生にとって大切なことだと思います。

 

難病患者さんへの就業支援体制

村上さん:春名先生、難病患者さんへの就業支援体制についてご紹介ください。

春名先生:難病法が施行され、平成30年度からは図のように難病患者さんへの就労支援・両立支援が本格化しています。難病相談支援センターは基本的に各都道府県と各政令指定都市に1ヵ所設けられていて、ハローワークの難病患者就職サポーターとも連携しています。障害者雇用率制度の対象となる障害者手帳をお持ちの患者さんだけではなく、手帳をお持ちでない方もご相談いただけます。障害者手帳をお持ちの方の採用については、企業側も数値目標が掲げられているため、積極的に採用したい状況だということを知っていただきたいですね。
また、治療を受けながら仕事を続けていただくために、職場の産業医と地域の医療機関の間で情報を共有し、仕事と治療の両立を支援していく動きもあります。原野さんのように小児の慢性特定疾患の方の移行期支援についても仕組みの構築が始まっています。

図 難病患者さんを対象とする就業支援・両立支援の仕組み

難病患者さんを対象とする就業支援・両立支援の仕組み

厚生科学審議会 難病対策委員会「難病の医療提供体制の在り方について(報告書)」H28.10.21より改変

 

自立した社会生活を送っていただくためのメッセージ

金村さん:経営者として、将来的に難病患者さんを雇用することができればいいなと思っています。最近は、思春期・若年成人(AYA世代)のがん患者さんの集まりに参加させていただいたりもしながら、難病患者さんたちが働ける会社についていろいろと考えています。

原野さん:就職当初、難病を持っているからこそ余計に頑張らないといけないという思いから、頑張りすぎてしまって体調を崩していました。営業職から異動していただけたことも含め、周りの人たちは自分が思っている以上に配慮してくれていることを知り、無理のない範囲で自分のできることからやっていけばいいのだという気持ちになれました。

坂尾先生:これまで様々な種類の薬が開発されてきたこともあり、肺高血圧症の治療分野は進歩してきました。それ以前は肺高血圧症の治療が今よりさらに難しく、治療の目標は患者さんの命を救うことでした。そのため,医師も患者さんの治療後の社会生活までは考えることができなかったのではないでしょうか。これからは肺高血圧症の治療だけでなく、その先にある社会生活のために医師として何ができるのか、もっと考えていかなければならないと思います。そして、医師が提供できる治療だけでは決して患者さんの就業は実現しません。社会的なサポートがあって初めて成立するものですから、春名先生からご紹介いただいたような支援の力もお借りしながら、企業の方にもできる限り配慮いただけるようにお願いしたいですね。

村上さん:高血圧症患者さんが病気を抱えながら社会参加して自分らしく生きていける時代になりました。言い換えれば、自立するということを意味しています。決して無理はしていただきたくありませんが、自分にできることを探し、様々な支援を活用しながら、治療と仕事の両立を目指していただきたいと思います。皆さん、今日はありがとうございました。

自立した社会生活を送っていただくためのメッセージ

 

 

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